今月初めから、断続的に新規スタッフ採用のための面接(医療機関)をしています。
まず前半は、日本にいる院長と看護部・事務部の各主任の3人で40分ほど行います。
そして後半、日本と私の滞在先であるイギリスの間をスカイプでつなぎ、10分ほど行います。
前半で志望動機やこれまでの職歴、自分の強み、そして勤務希望については確認します。
後半は、できるだけその人の「力量」を知るきっかけとなるような質問に絞って確認しています。
今月初めから、断続的に新規スタッフ採用のための面接(医療機関)をしています。
まず前半は、日本にいる院長と看護部・事務部の各主任の3人で40分ほど行います。
そして後半、日本と私の滞在先であるイギリスの間をスカイプでつなぎ、10分ほど行います。
前半で志望動機やこれまでの職歴、自分の強み、そして勤務希望については確認します。
後半は、できるだけその人の「力量」を知るきっかけとなるような質問に絞って確認しています。
統合医療の診療所(クリニック)開設を目指したゆめげんクリニック・プロジェクトを細々とやっています。
メールマガジンも発行していますが、おかげさまで、今回で16号になりました。
医療のお話やプロジェクトの進捗についてお知らせしています。特に代替医療や家庭医学をわかりやすく解説しています。
また、臨時増刊号では、医療分野だけでなく、様々な分野で活躍されている方々のレポートをお送りしています。
例えば、これまでの2つの臨時号では以下のお二人にご寄稿いただきました。
■ 2008/9/5日号 『アフリカや日本で理想とする医療』 山田耕平さん(歌手・早稲田大学大学院公共経営研究科)
■ 2008/10/6日号『村の住民を主体としたマラリア啓発活動』 藤田由布さん (ハンガリー国立デブレッツェン大学医学部)
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の2通りあります。
もしよろしかったら、ご覧いただけるとうれしいです。
前回「命はどこにあるの?」のつづき、日野原先生の発言メモです。
僕はいま子どもたちにとって私自身がよき環境でありたいと思っているんです。
子どもたちの可能性は与える環境次第で無限に広がります。
多くの子どもたちと接する中で、人間というのはこんなに素晴らしいものかと、人間をつくった創造主の偉大さを感じるのです。
僕はたまたま医者になったからかもしれないが、これまで純粋に命を育む気持ちを大切にしてきました。
平和活動を続けるのも、同じ赤血球や白血球でできている人間がお互いに殺し合っていいはずがないという思いがあるからです。
人間は弱いから過ちを犯すことがあるかもしれない。だけどそれを許すという寛大な気持ちが必要だと思うんです。
生かされている命を、できるだけ僕は使い切りたいと思っています。
何でも学校や社会など周りの環境のせいにして批判ばかりするのではなく、自分自身が子供たちにとってよき環境になっていく、そのために自分の命を使い切りたいと願いながら生きる。
未熟者の僕にとっては到底及ばない領域です。でも、一歩でも近づきたい、そのために今という時間を夢中で過ごしていきたい、そう思います。
致知12月号【対談】「命ある限り歩み続ける」日野原重明(聖路加国際病院理事長)&塩谷靖子(ソプラノ歌手) から日野原先生発言部分の抜粋メモです。
僕はいま人生において最も大切だと思うことを、次の世代の人に伝えていく活動を続けているのです。
その一つとして僕は二年前から二週間に一回は小学校に出向いて、十歳の子供を相手に四十五分間の授業をやっています。・・・僕が一貫してテーマとしているのは命の尊さです。
難しい問題だからなかなか分からないけれどもね。でも、「自分が生きていると思っている人は手を挙げてごらん」といったら、全員が挙げるんです。
「では命はどこにあるの」
って質問すると、
心臓に手を当てて「ここにあります」と答える子がいます。
僕は聴診器を渡して隣同士で心臓の音を聞いてもらって、このように話を続けるんです。
「心臓は確かに大切な臓器だけれども、これは頭や手足に血液を送るポンプであり、命ではない。
命とは感じるもので、目に見えないんだ。
君たちね。目に見えないけれども大切なものを考えてごらん。
空気見える?酸素は?風が見えるの?
でもその空気があるから僕たちは生きている。
このように本当に大切なんのは目に見えないんだよ。」
それから僕が言うのは
「命はなぜ目に見えないか。それは命とは君たちが持っている時間だからなんだよ。
死んでしまったら自分で使える時間もなくなってしまう。
どうか一度しかない自分の時間、いのちをどのように使うかしっかり考えながら生きて行ってほしい。さらに言えば、その命を今度は自分以外の何かのために使うことを学んでほしい」
ということです。
僕の授業を聞いた小学生からある時、手紙が届きましてね。
そこには
「寿命という大きな空間の中に、自分の瞬間瞬間をどう入れるかが私たちの仕事ですね」
と書かれていた。十歳の子供たちというのは、もう大人なんですよ。あらゆることをピーンと感じる感性を持っているのです。
人間の基本的な良識や品位は、生まれながらに公平に振り当てられるわけではない。そしてもしそのことを忘れたら、ひょっとしてひどく重要なものを見落としてしまうのではないかと、僕はいまだに心配になってしまう。(スコット・フィッツジェラルド 村上春樹訳『グレート・ギャッツビー』)
日本の政治家が語る「言葉の軽薄さ」(語る言葉の内容以前に、漢字の誤読がその知的レベルを大いに語っているが)については、最近ではそのニュース性(新鮮さ)も失い、常識化してしまいました。
ひどい・・・を通り越して、醜い・・・限りです。
企業に就職の時には、面接の前に、筆記試験だけでなく適性試験もあります。
是非、地方議員、国会議員問わず、選挙に立候補する方向けに一般常識、適性試験を導入する必要があるように思います。
そして、現職の方にも任期中、定期的に試験を受けていただいた方がいいかもしれません。その成績はオープンにすべきですね。投票する際の判断材料にしたいものです。
政治家はリーダーシップがあればその他のことは枝葉末節だという考えもあるかもしれません。
しかし、「常識や適正に欠けるが、リーダーシップがある」という方のことを、私たちはリーダーとは呼ばず、単なる独善的な裸の王様と呼ぶでしょう。
1991年1月にはじまった湾岸戦争(ブッシュ(父)元米大統領の時)。
クウェート人男性と国際結婚をし、現地に暮らしていた叔母は、当時まだ幼かった3人の娘を抱いて、日本に一時帰国してきました。日本の現地大使館は在留邦人の安否確認しかできず、カナダの輸送機に助けられたそうです。
日本は当時130億ドルを超す多額の資金援助をしましたが、米国を中心とした参戦国からは「日本は金だけだし、人を出さない」と批判されました。
私自身、日本は国際社会で十分なことができているのか、国民も守ることができないのか・・・と忸怩たる思いが残りました。
そして、1992-93年のカンボジアにおいて、ある意味、その汚名を果たすべく日本の自衛隊としては初のPKO(国連平和維持活動)として参加。文民警察要員として警察官75名、選挙要員として国家・地方公務員や民間人も計41名参加しました。
日本が、自衛隊の海外派遣についてその憲法解釈にまだとても慎重であった頃、そして、「国際貢献」とは何か・・・と議論され始めたころのことです。
そして、民間人の中田厚仁さん、警察官の高田晴行さんの二人の犠牲が出ました。
このお二人の死は、当時、自分には大きな衝撃でした。そして、その後の自分に大きな影響を与えています。
妻が去年の秋から受講していた「熱帯医学と国際保健」修士課程の審査が非公式ですが無事に通った旨の通知が届きました! おめでとう!
いろいろなことがあり、なかなか勉強に集中できない1年でしたが、本当によく頑張ったと思います。
そこで、そのお祝いに食事に出かけました。近所にある地元では人気のイタリアンのお店です。
「顔のない街の中で」作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき
見知らぬ人の笑顔も 見知らぬ人の暮らしも
失われても泣かないだろう 見知らぬ人のことならば
ままにならない日々の怒りを 物に当たる幼な児のように
物も人も同じに扱ってしまう 見知らぬ人のことならば
ならば見知れ見知らぬ人の命を 思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で
早いもので、今年もクリスマスが近づいてきました。
今年も、アムネスティ・インターナショナル UKが毎年この時期に行っているキャンペーンに参加しようと思っています。
それは、「見知らぬ人」に季節の挨拶状(グリーティング・カード)を送る、というものです。